2026-04

雑感

仏教の先の見えない岐路

大正3年7月のある新聞によると「今後の宗教家は、愚夫愚婦を捉えて、地獄天堂の別を説き、金を巻き上げんとするのではなく、時運の向かう所を明らかにし、努めて世情に慣熟することを怠らず、弘宣するの傍ら社会的事業に取り組み、以て国家に奉ずるの覚悟を...
西北

二子玉川の小泉次大夫②

二子玉川の小泉次大夫にまつわる『三題話』1、原家には「植松氏」の血が流れている 玉川4丁目の原家は、昭和9年(1934)玉川に定着して、昭和11年(1936)玉川瀬田町605番地(現在の瀬田4丁目環八通り沿い)において「二葉練乳商会」を興し...
西北

二子玉川の小泉次大夫①

四ケ領用水について 天正18年(1590)徳川家康は小田原後北条氏滅亡後、豊臣秀吉の命により関東に移封され、ただちに力を入れたのは街道の整備と農業生産の拡大だった。 当時、多摩川沿いの村々は川の流れに接しながら水利が悪く、荒れ地、砂礫の草原...