大正3年7月のある新聞によると「今後の宗教家は、愚夫愚婦を捉えて、地獄天堂の別を説き、金を巻き上げんとするのではなく、時運の向かう所を明らかにし、努めて世情に慣熟することを怠らず、弘宣するの傍ら社会的事業に取り組み、以て国家に奉ずるの覚悟を持(ぢ)せざるべからず。然らざれば宗教はあれども無きが如く、遠からずして、終に衰残の苛烈なる運命に逢着するを免れ難からん」(大意、一部改変)と、覚めよ宗教家という主題で呼び掛けている。
「2000年=末法の時代」を迎えているのか

大空閣寺 瀬田4丁目、環八近くにある。域内で唯一の納骨堂を中心とした寺院で、「中宮殿 納骨堂と永代供養 合祀墓」と「観音堂 聖慶廟」などの複数の弔い方式が用意されている
私の嘗ての実家のお墓は田んぼに囲まれたところの「野墓」で、小さめの田んぼ一枚分ぐらいの所に一族の墓石が立ち並び、他家のお墓も3分の2ぐらいあるので地域の共同墓地のような設えになっている。菩提寺は10㎞弱離れた所にあり、恐らく法事には僧侶が出向き、逆にお寺の行事などは檀家の各家は徒歩で向い(車の無い昔)、丸一日あるいは泊まりがけのお勤めだったと本家筋が言っていた。
父の代で権利放棄して叔父に家を譲っていて関りも薄くなっている状態で、曾祖父の事を調べる必要があり本家筋を訪ね話を聞くも、語り継がれている様子はなく、そこで菩提寺の存在を知らされたので、他日、電話にて住職と思しき相手に事情を説明し、過去帳のようなものがあれば訪問したい旨の希望を述べたところ、「ああ、あそこの何軒かは最近寺と縁が切れ、そういう記録などは離れた以上は処分します。」と言われてしまった。処分に関しては本当かどうか疑念は残るものの、いわゆる「金の切れ目が縁の切れ目」的な醒めた心象風景が電話の向こうに感じられた。
近頃のネット情報には、葬儀やお墓などお寺との関わり方の話題が多いような気がする。前向きにお墓の在り方やお寺との関係を説明する内容が多いが、心がざわつく事例としては、曰く「お墓を整理したいと申し出て、百万円以上の(離檀料)を請求されたという問題で、お寺が強硬ならそのまま放置すれば、困るのは寺側だ。」という説、別の話題では、そもそも好き好んで自分がお墓を建てたわけでもなく、ただ先祖の引継ぎのようなことで、思い悩むことこそ理不尽じゃないだろうかという「自分本位」な言説も見られる。
日本人の生活様式が変容して、家族の絆が弱まってきていると捉えるのは大袈裟だろうか。
仏弟子そして成仏という考え方の限界?

鎌田4丁目の吉祥院は、本堂の裏側に墓地があり、向かって右側には「庫裏(くり)」のような建物もある。人の気配はしていない。このお寺には「大二子玉川」では唯一の「鐘楼」が存在するが、人気が無いので宝の持ち腐れ状態で、紅白歌合戦が終わってから見に行っても、お寺は暗い闇の中だった。古い土地なので、まさか騒音問題が起きたとは想像しがたい
仏弟子になった証としての戒名。これが差別の問題や「お布施」の多寡を求めるなどご都合主義に陥り、寺の維持運営という本来の筋を離れた俗物に変わり、「渡る世間は金次第」を地でいく実態を仏教界は恐れ、詳しくは調べてもでてこないけれど、何らかの常識的な整理がある時なされたと理解している。
とは言いつつも葬式仏教といっても過言ではない実態(仏式9割近く)の中では、戒名を含め葬儀にまつわるお布施が寺を支えている実態は間違いない。そうした中で、葬儀関連費用は業者がランクを示して〝みすぼらしい〟例から説明し、大抵は突然の出来事で様々追い込まれながら判断するので、心情的には見劣りしないランクを選択して高額になってしまう傾向にあるようだ。
こうした中から誰が考えたのか「お布施」の節約に行き着き、アマゾンの「お坊さん便」のような定額の仕組みが出現し、仏教界は心の問題に金額を定めるのはおかしいと反発したが、裏には「ご供養ですよ」と言って金額の多寡を要求するかのような寺側の下心のような雰囲気もあり、また別の観点としては、こうした仕組みのってしまう僧侶の存在も見逃せない。(この問題は仏教界と僧侶派遣業者の調整で立ち消えとなっている。)
『談合』と言ったら仏罰が下りそうな恐れも無くはない。全国の寺から調伏の対象になるのは嫌だけど、葬式を仏教であげる例が多いとしても、それは単に習慣のようなもので葬儀の内容や意味など頓着していないように思う。費用が掛からないのなら有難い、人並みに心のこもった葬送を行いたいという心情だけのような気がする。多くは家に伝わっている宗派で葬儀するところまでは心がいくが、その後は業者に言われるまま流れに身を委ねている。寺にお墓があればまだしも、無ければ檀家とならない厳しい現実。
仏教寺院であげる場合と葬祭場であげる葬儀では、互助会などの仕組みもあってか業者の方に軍配が上がり、お寺は敬遠される傾向があるとした場合、いずれも僧侶が関与するのは同じなので、問題は費用の不透明感ではないかと思う。本来的に言えば、長年住み着いた土地の馴染のお寺、あるいは自宅葬などが一層成仏の叶う流れであり、「談合」が有るのか無いのか縁もゆかりもない葬祭場に運ばれ旅立つことになる。
自宅葬は都会では望めないにしても、例えば交通事故で不幸にも亡くなり、その場所に遺族が暫く花を手向けるというのは、その場に残る霊魂を慰める行為だと言われている。葬儀の場所が近ければ近いほど、亡くなった人の魂と残った人の魂の交わりは活発となり、少なくとも彷徨える魂は防げるように思う。葬儀を執り行う家族の心の拠り所も強く、深くなることだろう。また、地域で行われる葬儀というのが慣習となれば近隣に衆知され、長い目で見れば共同体を形成する力にもなる。
とかく他者と関りを持ちたくないと思わされてしまった現代、家族の絆、地域社会の結びつきを必要としないと考える人もいて、こうした人々や社会の実状を深ぼる取り組みは、仏教界こそが率先して臨んで欲しいと希う。
核家族化の中の絆を求めて

玉川大師 瀬田4丁目の国分寺崖線の崖下で、暗闇修業の「地下大師遍照金剛殿」が有名。域内で唯一、有料の拝観施設となる。墓地はなく、門も無いので敷地は限られているが、国分寺崖線の緑を背にした開放的な寺院
社会が近代化し、核家族化し、風習や考え方も変わり、あの世に片足が入るような世代でさえ、後に残る者たちへの負担が軽くなればよいという心境の人もいるぐらいで、家族葬だけというならまだしも樹木葬・散骨の増加、また「自宅墓」というものが増えているらしい実態から、人間の一生が自己満足の世界に収まってしまってよいのかという恐れを抱く。(素直にみんな集まって送ってね。そして忘れないでね。と言えない現代の歪みを感じる≪金銭的な問題も含まれる?≫)
日本では古来より亡くなった人を敬い、生き抜いたその人生を大切に想うことで、存在は見えなくなってもどこかで見守っていてくれるという確信を抱いてきている。神か仏かご先祖さまか、それが「お天とうさま」が見ているよという素朴な信仰的発露なのだと思う。葬儀をお祭りのように地域全体で行ってきたのは、絆の強さと、自分も亡くなったらこうしてもらえるという安心を、関係者みんなが感じられる仕組みだったと思う。子供たちにとっても神秘的な教育体験ではなかったのではないか。更に家の仏壇やお墓はそうした祖先の依代であり、家族がお参りする習慣も、実は皆の安心につながっていた。
それがまるで古代の「風葬」のように、死者が自然に帰る的な超個人的な心境に変化しつつあり、このままでは、家族は生きている間だけの関係で、死後の世界は野となれ山となれ的になり、日本人の精神性は失われていく。
再度、言う。人間の生き方、家族の結びつきを説いてきた(?)仏教は、根本のところでそのあり方を問われている。日本の社会の平穏を保ち、その為の個々人の精神の「よすが」は「何か」を追求し、お題目をあげる、念仏を唱える形式の限界を見極め、それを乗り越える別の形、令和の時代の明るい仏教の新形態を編み出す必要がある。
檀家がいなくなれば消滅する?

敬親寺 瀬田4丁目、玉川大師に隣接する。元は「両親閣」という教場のような設えだったが、最近社寺の性格をはっきりさせて、敷地内の整備の推進中
葬送を簡易にする傾向の中で、末端のお寺は生き残りをかけて方策を練っているのだろう。
敗戦以降、財閥解体・農地解放等で大檀那は期待できなくなり、格差解消のための「相続税」により大家族が維持されない状況と、その後の社会発展により人的流動化も起こり、地域社会の結びつきも弱くなっている。
神社などは無人社になっても氏子等が自主管理し、祭礼などは地域の兼務社が定められ執り行われている。望ましい姿ではないものの、地域住民の意識がある限り地域の依代(よりしろ)の役割は続く。
一方、お寺といえばお墓があり、その為か無住寺院は少なく大抵「住職の家族」が生活をしている。神社より恵まれているように見えなくもないが、昨今の時代変化は根底を脅かしているように見られる。各寺では、お墓の整理細分化や納骨堂の建築、ペットの霊安所まで作っている。とにかく檀家を増やさなければ先行き見通せない。かつて「坊主丸儲け」のような、住職一家が恵まれた生活を送っていることを「揶揄」する時代もあったが、今は昔、根底が変わるほどの今日の大変化の予兆は、居ても立っても居られないと推測する。
「大二子玉川」には14ヶ寺が存在し、10ヶ寺には墓地が付属し、納骨堂を併設している所もある(内1ヶ寺は無住寺院のように見える)。残り1ヶ寺は納骨堂が主で。残り3ヶ寺には墓地の気配は見られない。また、保育園や幼稚園を併設する寺院は5ヶ寺ある(もともとお寺は地域教育の先駆けであり、日本人の教育を支えてきたという実績がある)。今の時代は、そうした歴史的な下地があるので馴染みやすいという一面に加えて、家業となりつつある寺院経営の新しい形態の模索といえなくもない。
仏教は新たな定義と社会的な使命を明らかにする時を迎えているような気がする。子供の保育・教育は社会的な要請に基づく貢献であり、各寺院が工夫して取り組むことは有効としても、宗教はあくまでも「魂の救済」が本来で、葬祭が主たる行事では可能性の扉は開かれない。仏教=お経が現実の世界に受けいれられるのかどうか、人が歩いていた時代に考えられた思考と、飛行機やロケットが飛ぶ時代の人間の思考を同じとみていいのか。家業となっている「末寺」をどんな理屈で支えていくのか。
三度、言う。死ぬも生きるも仏教界の実践次第。努々、前段で話題に上げた高額の離檀料を押し付けるような世知辛さに囚われず、去る者は追わず、来るものは拒まず、間口の広い明るいお寺として地域社会に存在し続けて貰いたい。


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