二子玉川に関する事

江戸の台所を支えた「多摩川下流用水(仮称)」②

【狛江】次大夫は神として祀られている 狛江市の和泉には六郷用水取水口があり、取水口が破壊された記録や、岩戸付近では用水路そのものが破壊されたとの記録もある。六郷用水のできる前、取水口近くに六所宮という神社があり洪水で流されてしまい、場所を移...
二子玉川に関する事

江戸の台所を支えた「多摩川下流用水(仮称)」①

六郷用水が六郷・大森を一大穀倉地帯に変えた 六郷用水は多摩川上流の水を活用して、下流の大三角州である大森・六郷の灌漑を行い、徳川領地の水田開発を実現した。六郷周辺には世田谷の湧水を集めて流れ下る「吞川」しかなく、そこから汲み上げて活用するに...
雑感

こいのぼりは廃れてしまうのだろうか

​沼津の知人の初節句の祝いに招かれ、地方の豊かさと豪華な設えに圧倒させられた。着用鎧・兜が中央にでんと構え、左右に種々の飾りが施され、前面には五月人形がズラリと勢ぞろいする。男の子の誕生は、古から歴史の継続の希望であり(今こんなことを言うと...
西南

平安の歴史を伝承する『鎌田』

民話や小説を参照しているので、夢想しているという指摘があれば甘んじて受け入れる。ただ現実に物語がタイルで橋際に描かれているのならば、地元には受け入れられていると理解する。 しかし歴史的な事象とした場合、ウィキペディア等が伝える制度的な枠組み...
西南

奈良の歴史を伝承する​​​『大蔵』

大蔵の地名の考察 「二子玉川」の歴史を遡って、具体的な名前が出てくる最古の事例と言えるかも知れない。7世紀後半 ​​中央集権の支配体制​​ 大化の改新・大化元年(645)により中央集権体制を推進した朝廷は、大宝元年(701)大宝律令を定め、...
雑感

仏教の先の見えない岐路

大正3年7月のある新聞によると「今後の宗教家は、愚夫愚婦を捉えて、地獄天堂の別を説き、金を巻き上げんとするのではなく、時運の向かう所を明らかにし、努めて世情に慣熟することを怠らず、弘宣するの傍ら社会的事業に取り組み、以て国家に奉ずるの覚悟を...
西北

二子玉川の小泉次大夫①

四ケ領用水について 天正18年(1590)徳川家康は小田原後北条氏滅亡後、豊臣秀吉の命により関東に移封され、ただちに力を入れたのは街道の整備と農業生産の拡大だった。 当時、多摩川沿いの村々は川の流れに接しながら水利が悪く、荒れ地、砂礫の草原...
西北

二子玉川の小泉次大夫②

二子玉川の小泉次大夫にまつわる『三題話』1、原家には「植松氏」の血が流れている 玉川4丁目の原家は、昭和9年(1934)玉川に定着して、昭和11年(1936)玉川瀬田町605番地(現在の瀬田4丁目環八通り沿い)において「二葉練乳商会」を興し...
雑感

素朴な確率的信仰論

民主主義も死につつある 安倍晋三元総理が暗殺されてからこの方、3代の総理大臣により外国人の流入が促進され、当初は国保未納の状況とか、犯罪の動向とか、外免切り替えの実態や、土地等の取得、民泊・白タクの問題など、分からないようにされていたが、最...
東南

二子玉川の「宝塚」? 川上児童楽劇団

波瀾万丈の物語川上 貞奴(かわかみ さだやっこ、戸籍名 川上 貞(旧姓:小山、小熊説もあり)明治 4年(1871)東京・日本橋、両替商・越後屋の12番目の子供として誕生 新政府の時代となり銀行が誕生し、生家は没落、7歳の時に葭町(人形町あた...