Uncategorized

二子玉川という「地名」は存在しない「五」

兄を乗り越えた「玉川」の総合力玉川の名称に関する考察 河の名称としては狛江市中和泉4丁目、「六郷用水」の取入れ口付近に所在する「玉川碑(万葉歌碑)」に、万葉集巻14の東歌の一首「多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の ここだ愛しき...
二子玉川論

二子玉川という「地名」は存在しない「四」

「多摩川」を挟んだ二つの村 ②弟(妹)たる「瀬田」そして玉川荏原郡とその後 この地域は古くは「荏原(えばら)郡」と呼ばれ、「新編武蔵風土記稿」によれば、奈良時代に荏(荏胡麻)が繁茂していたため、「荏の原」と呼ばれたことを由来とする説明がなさ...
二子玉川論

二子玉川という「地名」は存在しない(参)

「多摩川」を挟んだ二つの村 ①兄(姉)たる二子(ふたご)名称の由来と概観(高津区の説明から引用) 古代から橘樹郡(たちばなぐん)に属していた地域です。ヤマトタケルの東征説話に関連したオトタチバナ姫の話が伝えられ、また、その話に関連した橘樹神...
二子玉川論

二子玉川という「地名」は存在しない(弐)

双子のような「二子(ふたご)」と「玉川」 その② 土地を巡る種々の因縁を縦軸(時代軸)に、大山街道が「二子の渡し」を介して両村を貫通する生活軸(横軸)が絡み合い、多摩川の河岸地域という「相似 」と「相克」が両地域には見て取れる。第四の視点 ...
二子玉川論

二子玉川という「地名」は存在しない(壱)

何で二子玉川という地名が出来、名のもとになった多摩川両岸の同一性を、歴史的な流れから探ることで、二子玉川が地域の中心になってきた現状を明らかにする。
雑感

忘れないで!! 戦後、日本のモヤモヤした感じ

人は三度死ぬ あるお寺の説教だったか、宗教系のサイトだったかで「人は亡くなったあとも、忘れないでと願っているのです」と、聞いたか見たことを思い出してグーグル検索に「それらしい文字」を入力しました。最近は、しょっぱなに「グーグルAI」が全体?...
雑感

基本的な取り組み方

私は、新参者 その為、ネットで溢れる情報や、図書館等の書籍・研究資料から知識を得ています。特にウィキペディアは重宝しているので、寄付の催促が来た時には幾ばくかの協力をしています。 人に尋ねることは殆どしていません。 土地の人が語る地域本など...
雑感

“小鮎”が遡上する、二子玉川へ

糀谷(右下)から二子玉川(左上)へ六郷用水を「鮎の遡上」のように上ってきました高校を卒業するまで、大田区糀谷(こうじや)という所で育ちました。敗戦直後の混乱も少し落ち着き、親たちは生活再建に全力を尽くしていました。多少、お金持ち(当時の表現...