二子玉川論

二子玉川論

驚異の大発展 「玉川」に力が集積した

二子玉川という「地名」は存在しない=009第一段ロケット点火=玉川電気鉄道= 大正から昭和初期にかけて風光明媚(めいび)な観光景勝地として多くの人を招き入れた。目の前に一級河川の多摩川が流れ、後背地の国分寺崖線(がいせん)には緑豊かな丘があ...
二子玉川論

「多摩川」を挟んだ二つの村 ②‐2

二子玉川という「地名」は存在しない=007弟(妹)たる「瀬田」そして玉川 その2瀬田・玉川の文明開化 玉川電気鉄道(玉電)の企業努力 行楽地として恵まれた自然を見逃さず、農地だけという土地がかえって有効となり、明治40年(1907)「玉川電...
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双子のような「二子(ふたご)」と「玉川」その②

二子玉川という「地名」は存在しない=003 土地を巡る種々の因縁を縦軸(時代軸)に、大山街道が「二子の渡し」を介して両村を貫通する生活軸(横軸)が絡み合い、多摩川の河岸地域という「相似 」と「相克」が両地域には見て取れる。 第四の視点 兄弟...
二子玉川論

プロローグ 「なんで二子玉川?」

二子玉川という「地名」は存在しない=001 二子玉川「郷土史会」の話として、ウィキペディアや「二子玉川ライズ」のホームページでは、対岸の「二子(ふたご)」村と「玉川」村を合わせたという説が紹介されている。 この説を裏付けるのは、「目黒蒲田電...
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玉川 番外編

玉川という「河川名」 「玉川」という河川名の成り立ちは、一例をあげれば「田間」を玉としたような土地に根ざす要因や、「玉造部(たまつくりべ)、古代に勾玉(まがたま)や管玉(くだたま)などの玉類を製造する人たちがいた」「霊魂の「たま」をひそませ...
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「大二子玉川」という観点

「二子玉川」という呼び方で思い浮かぶもの 現代に生活していて、一度でも「二子玉川」に訪れたことがある人に思い浮かぶ風景を尋ねた場合、お年寄りは「玉川電気鉄道(通称:玉電)」やその遊園地とか、河川敷の料亭での川遊び、あるいは現「高島屋」の裏側...
二子玉川論

兄を乗り越えた「玉川」の総合力

二子玉川という「地名」は存在しない=008玉川の名称に関する考察 河の名称としては狛江市中和泉4丁目、「六郷用水」の取水口付近に所在する「玉川碑(万葉歌碑)」に、万葉集巻14の東歌の一首「多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の こ...
二子玉川論

「多摩川」を挟んだ二つの村 ②‐1

二子玉川という「地名」は存在しない=006弟(妹)たる「瀬田」そして玉川 その1 荏原郡とその後 この地域は古くは「荏原(えばら)郡」と呼ばれ、「新編武蔵風土記稿」によれば、奈良時代に荏(荏胡麻)が繁茂していたため、「荏の原」と呼ばれたこと...
二子玉川論

「多摩川」を挟んだ二つの村 ①

二子玉川という「地名」は存在しない=005兄(姉)たる二子(ふたご)名称の由来と概観(高津区の説明から引用) 古代から橘樹郡(たちばなぐん)に属していた地域です。ヤマトタケルの東征説話に関連したオトタチバナ姫の話が伝えられ、また、その話に関...
二子玉川論

双子のような「二子(ふたご)」と「玉川」 その③

二子玉川という「地名」は存在しない=004第五の視点 多摩沿線道路と多摩堤通り 多摩沿線道路(川崎市主要地方道幸多摩線(さいわいたません))は、神奈川県川崎市幸区河原町から川崎市多摩区登戸新町に至る、主要地方道に指定されている政令指定都市の...