二子玉川に関する事

二子玉川に関する事

「多摩川」を挟んだ二つの村 ②‐2

二子玉川という「地名」は存在しない=007弟(妹)たる「瀬田」そして玉川 その2瀬田・玉川の文明開化 玉川電気鉄道(玉電)の企業努力 行楽地として恵まれた自然を見逃さず、農地だけという土地がかえって有効となり、明治40年(1907)「玉川電...
二子玉川に関する事

兄を乗り越えた「玉川」の総合力

二子玉川という「地名」は存在しない=008玉川の名称に関する考察 河の名称としては狛江市中和泉4丁目、「六郷用水」の取水口付近に所在する「玉川碑(万葉歌碑)」に、万葉集巻14の東歌の一首「多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの児の こ...
二子玉川に関する事

驚異の大発展 「玉川」に力が集積した

二子玉川という「地名」は存在しない=009第一段ロケット点火=玉川電気鉄道= 大正から昭和初期にかけて風光明媚(めいび)な観光景勝地として多くの人を招き入れた。目の前に一級河川の多摩川が流れ、後背地の国分寺崖線(がいせん)には緑豊かな丘があ...
二子玉川に関する事

玉川 番外編

玉川という「河川名」 「玉川」という河川名の成り立ちは、一例をあげれば「田間」を玉としたような土地に根ざす要因や、「玉造部(たまつくりべ)、古代に勾玉(まがたま)や管玉(くだたま)などの玉類を製造する人たちがいた」「霊魂の「たま」をひそませ...