地区紹介

西南

平安の歴史を伝承する『鎌田』

民話や小説を参照しているので、夢想しているという指摘があれば甘んじて受け入れる。ただ現実に物語がタイルで橋際に描かれているのならば、地元には受け入れられていると理解する。 しかし歴史的な事象とした場合、ウィキペディア等が伝える制度的な枠組み...
西南

奈良の歴史を伝承する​​​『大蔵』

大蔵の地名の考察 「二子玉川」の歴史を遡って、具体的な名前が出てくる最古の事例と言えるかも知れない。7世紀後半 ​​中央集権の支配体制​​ 大化の改新・大化元年(645)により中央集権体制を推進した朝廷は、大宝元年(701)大宝律令を定め、...
西北

二子玉川の小泉次大夫②

二子玉川の小泉次大夫にまつわる『三題話』1、原家には「植松氏」の血が流れている 玉川4丁目の原家は、昭和9年(1934)玉川に定着して、昭和11年(1936)玉川瀬田町605番地(現在の瀬田4丁目環八通り沿い)において「二葉練乳商会」を興し...
西北

二子玉川の小泉次大夫①

四ケ領用水について 天正18年(1590)徳川家康は小田原後北条氏滅亡後、豊臣秀吉の命により関東に移封され、ただちに力を入れたのは街道の整備と農業生産の拡大だった。 当時、多摩川沿いの村々は川の流れに接しながら水利が悪く、荒れ地、砂礫の草原...
東南

二子玉川の「宝塚」? 川上児童楽劇団

波瀾万丈の物語川上 貞奴(かわかみ さだやっこ、戸籍名 川上 貞(旧姓:小山、小熊説もあり)明治 4年(1871)東京・日本橋、両替商・越後屋の12番目の子供として誕生 新政府の時代となり銀行が誕生し、生家は没落、7歳の時に葭町(人形町あた...
西南

二子玉川 “真打の目印”

東西南北、上下、高島屋標章(ロゴ)を巡る全体を俯瞰する東西南北の目安は測ったものではなく感覚的な例示となる 昭和44年(1969)玉川高島屋ショッピングセンターが開業した。それまでは玉川1丁目の「読売遊園地」に大落下傘塔があり、地上高50メ...
東北

「多摩美」の種が流れ着く

現在の多摩美●都心にもアクセスしやすい多摩美の原点 都心部から至近の上野毛キャンパスは、首都圏西部に連なる緑豊かな住宅地に接する教育に適した立地にあります。昭和64年(1989)美術学部二部が上野毛キャンパスに開設され、フィルムおよびVTR...
西南

宇名根の『送電鉄塔』と近隣の鉄塔の幾つか

宇奈根で見られる送電鉄塔は全部で6基あり、二子玉川駅から2㎞以上離れているからだろうか高い建物が少なく、かつて農村だった雰囲気が地域全体に感じられ、そうした中に鉄塔も郷愁を帯びているかの様に風景に馴染んでいる気がする。勿論、無骨な鉄骨の塊と...
西北

堅山南風②

南風さんの辿った道明治42年(1909)同郷の山中神風に連れられて上京した。上京する汽車の中で「南風」の画号を自ら選んだ。「十八史略・尭舜篇」のうち「南風之詩」から取ったものだった。上京後、神風の紹介により高橋広湖門下となった。明治44年(...
西北

堅山南風①

堅山南風(かたやま なんぷう)さんとの出会い​​ 《岡本長圓寺》 いつもの散歩途上、ふらっと岡本の長圓寺に立ち寄り、お寺に立ち寄る習慣として手を合わせた後に墓地をぐるりと巡ることが多いが、このお寺は本堂に隣接する墓地と道路を挟んだ北側の墓地...