鎌倉時代の旗が、最初に立ち上がった地―三島に立つ

 鎌倉幕府は頼朝以降の3代を以て変質し、執権北条氏が結果的に権力を簒奪したとも見えるような経過を辿り、更に後半には北条氏の家臣の管領長崎氏が実権を握るに至り、権威の在り処は薄れ、150年体制は阿鼻叫喚の内に破綻した。  

 この幕府の主役の三者は三島近在の出身、若しくは滞在者。

三島大社

 明治維新で徳川幕府が終焉し、新たな担い手となった「薩長」の兼ね合いの中で、行きつ戻りつしながら近代化に突き進み、良くも悪くも権力が集中できたので、日清・日露の戦役も無難に乗り切った。

 大正・昭和は明治の気風が横溢するまま、無理に進めた近代化の弊害も出始め、言論は揺れ国論の統一もままならず、権謀術数や保身が国を滅亡の淵に立たせた。絶対的な存在は天皇なれど、立憲主義の上では政治が主役であり、結果として成す術がない状態だった。

 破滅の戦争への突入も、明治からの無理を隠す権力者の悪あがきと、日清・日露の戦勝という明治の誇りを過剰に際立たせた軍部、薩長閥で支配された陸海軍の運用上の問題と、近代戦への実力不足を自覚できずに、泥沼に突っ込んだ薩長軍部が負うべき失態と言わざるを得ない。

 良くも悪くも国民世論を無思慮に操作したことが、手枷足枷となった。

奈良から来たと言われている鹿の子孫、30頭あまり網に囲われている。

 鎌倉幕府の滅亡、昭和の軍部の滅亡、三島大社で鹿を見ながら、破滅的な国史の出来事を思った。

プロフィール
主宰・管理人
原 一六四

●二子玉川で二十幾星霜、この地が“青山“となる予定。元より新住民ですので、これまでは環境の良さ、便利さをただ享受するだけでした。
●数年前から散歩し調べたりしていると、殊の外、奥深い歴史を内包する土地の姿が浮び上りました。
●子供らが土地の歴史・文化を学ぶ機会は少ないような感じ。生活した思い出だけの“ふるさと”では寂しい、知っているのと知らないのでは、人間観・人生観に醸し出す味わいが違ってくるように思います。
●この土地にしみ込んだ多くの人の営みの記憶を “堀上げ” 整理することが目標です。

原 一六四をフォローする
親・三島
原 一六四をフォローする

コメント