歴史はつながり、人もつながっている

瀬田玉川神社 瀬田、玉川地区の氏神。二子玉川では唯一、神職が常在している

 一人の人間の誕生は確率的には「億では全く及ばない」単位といわれても、普通、人は「意識もない状態」から当たり前のように大きくなっていくので、日常その自らの特別さを感じることはなく、中には自らを無駄に貶めたりするような人もいる。現在、存在している人間、全てが同一の条件なので気づきにくくやむを得ないが、実に勿体ない。実態は分からないが、連関の途中の一人が病死、戦死などで欠けて、繋がらないご先祖様の流れ(誕生できなかった)も無視できないぐらいあるような気がして、無事に生まれて来られたという存在であることは間違いない。

 そもそも両親がそれぞれに成長し、多くの人との関わりを経て最愛の人と結ばれること自体、これも確率の変数となる。そうして結ばれて《一般的》には子供を授かり、その子は数億個の精子の中から一つだけが卵子と結合した結晶であり、確率変数はいや増す。その上、不幸にも誕生できないという実態も少なからずあるので、人類の誕生は確率などという冷めた思考ではなく、理解不能なことなのだから天からの「授かりもの」とした、昔の人の人間観というか受け止めようが正しいと率直に思う。

氷川神社 宇奈根地区の氏神

 男女の出会いには、それぞれの両親、祖父母と辿ると、10代で2千人位、20代では2百万人を超えるご先祖様が実在する。単純に時の流れを10代で200年とした場合、400年前は戦国時代の頃となり、現在に繋がる当時のご先祖様は、全国で繰り広げられていた各種の「いくさ」の連続の中で生きて来た。

 と言ってもわが国は多元的な国であり、当時の総人口は1千万人前後(400年前の人口で調べる)と言われているので、各国の兵隊の供出数には限りがあったろうし、又、大きな争いの場合でも死者数が万を超えるようなことはなく、足軽などの褒美稼ぎは別として、農村はのんびりとし、逆に落ち武者狩りなどで敗者には牙を向けるという、生活をかけた活動を繰り広げている。(庶民は逞しかった。)

 いずれにしても、狭い島国で、人流も限られた状況を踏まえれば、日本はあらゆる階層で人間関係が交差し、広く大きく見れば皆、兄弟姉妹「日本一家」(やくざではない)のような実態にあるのかもしれない。

頭の体操=血統の崩壊

 あるサイトで西暦元年の頃までさかのぼって計算された数字が発表されていて、その数字は 1,267,650,600,228,230,000,000,000,000,000人(126穣7650𥝱6002垓2823京0000兆0000億0000万0000人)だそうだ(100代前)。単純計算“数字の遊び”のようなもので、現在の世界人口を80億人とした場合、結ばれた40億組(あくまでも単純)がそれぞれ127穣弱のご先祖を有している。子供のような純真さで捉えれば、人が地球から溢れて零れ落ちていく姿が想像できるのだが、現実の世界は当時の2~4億の人口から80億人までの増加に留まっている。困ったときのウィキペディアには、いとこ同士や近親者間の結婚も多く、又、地位があれば親族の絆と富や財産を守るために、族内婚が頻繁に行われたらしい。先祖は同一となる。

氷川神社 大蔵地区の氏神

 隣の大陸の国では事ある毎に1千万人とか、多ければ7千万人という死者数の記述が見られ、統計もない時代、白髪三千丈の国だから誇張されているのかも知れないが、一元管理の国では敵と味方の識別がはっきりし、殲滅しなければならないとなってしまうらしい(当然兵隊の数だけではない)。近代でも共産党の大躍進政策の誤りで、数千万の餓死者がでたという情報に照らし合わせれば、戦いによる戦死者数もわが国とは比較にならない位の規模だったと言えそうだ。国情による違いは大きい。

 わが国の飢饉の死者数の最高は、天明の約90万人が最大と言われていて、単なる思い付きとして、その国の死者数が少ないと人口の伸びは緩やかとなり、多い場合は爆発的に増加する傾向がある、両国の現在の人口を比べるとそんな気がする。

八幡神社 岡本地区の氏神

 ご先祖様のご苦労話を考えていたら、アジア大陸にまで気持ちが飛んで行ったが、たまに気休めでもいいからご先祖様を思い、調べながら、どういう歴史を生きてきたか想像してみることは、決して無駄にならないと思う。誰も皆、ご先祖様から「行っといで!」と背中を押されるように(おそらく)、遺伝子の運び屋として送り出されている。

 世に出た後は千差万別で、成長する現実世界の空気は、暖かくもあり寒くもあり人それぞれだが、中には生まれてきたくなかったという人や、辛いことばかりという人もあり、誰もが天真爛漫には生ききれない世の現実は確かに存在する。両親の虐待で亡くなってしまう幼子が何人もいて、この現実の地獄を目の当たりにしても、おそらく誰も防ぐことは出来ない。みんな同じようには幸せになれないという厳しい現実の中、押しつぶされないように生きるしかない。

稲荷神社 上野毛地区の氏神

 多様化とか言って大切な価値基準が曖昧になっても、多くの人は一生懸命に生きていくのであり、社会全体、国全体としては少しずつ前進していく。時の流れに負けないように、あまりにも悲しいめにあった人の拠り所があればせめてもの慰めとなるのかなと考え、そのために「供養塔(“目黒のゆあちゃん”の霊)」を自分の心の中に建て、時折、祈る。自らのご先祖様にも念を送り、不幸にも亡くなった人の魂を慰めるよう頼んでみる。形だけでもいい、自分が他人のために祈る行為で、自らが救われる縁を得ている気も何となくしている。

 何百万のご先祖様の内の一人でも欠けていたら存在していない自分、息をするのも苦しいような時には、記憶に残る祖父母に心の中で呼びかければ、それが心からの叫びなら何百万の波動が体の中に浸み込んで来るかもしれない。信じれば救われる。お金のいらない魂の救済、是非にやるしかない。偶然の事故に遭遇するかしないかは、案外、ご先祖様が見守ってくれているような感じが意識下にある。

諏訪神社 鎌田地区の氏神②

言葉遊び=幸せになろう、とる努力と加える努力

 「辛いの鍋蓋(なべぶた・けいさんかんむり)の点のままであれば「つらい」ままですが、この点を上下にちょっとだけ長くし、更にそこに短い線を交差させれば、幸せに変わります。辛くてどうにもならない時には余裕もない状態で、ちょっとした行動もとれないと思っていれば辛さは続き、そうかちょっとした努力をすれば状況転換も叶うかも知れないと思い、何気なく何らかの行動を起こせば、いつの間にか辛さから解放されているという展開もあり得ます。」

 「吐くは、ため息を吐くなどの心が閉じているような消極的な状態に心身がある時、また、嫌だとか、無理だとかの言葉を吐く時も、心に余裕が失われている状態です。これは簡単で、積極的な努力が必要ではなく、もって生まれた心身の最大限の活用、深呼吸の一択です。肺に目一杯酸素を送り込み、体が活性化されれば、土(旁・つくり)から下線が消え十となり「叶う」に変わります。」

天神社 鎌田地区の氏神①

ご先祖様は歴史そのもの

 宇崎竜童さんは「魂を浄化したい」と言い、死後に感じるような幸福感(ママ)を生きている間に感じてほしい、争いや憎しみといった人間特有の感情から、コンサート中は解放されて現実の問題に向き合うきっかけになればという。宇佐神宮御遷座1300年奉祝コンサートに向けた発言なのだから特別な気持ちになるのも頷ける。

 人間は生を生きる存在なのか、死を目指す存在なのか、いずれの行く先は、果たして幸福な場所なのか、あるいは虚無なのどうか、誰も知らない。宗教的には、浄土とか、天国とかいうのだけれども、それはそう信じたいということで何の保証もなく、信じれば救われるという人間ぽさが裏付けるだけ。

 自分がある程度の確信で思っているのは、死ぬまでに一人でも、できればより多くご先祖様の人間に触れる努力とか、先人が暮らし育んできた、今、住んでいる地域や国の事、AI検索でもいいから暇なときに調べ興味が続けば、自分は決して一人ではなく、多数の人たちが過ぎた道を歩んでいると実感し、儒教と仏教が合体したような「立命安心」の境地に、仮によたよたしても辿り着けるかもしれない希望。

 近代になり日清・日露・昭和の大戦であまりにも過酷な体験し、日本人の体験としては有史以来のことであり、身近な祖先(あるいは多くの日本人)は総じて口を閉ざしたまま鬼籍に向かわれた。しかし黙って行ったからそれでお終いと済ませてよいはずもなく、忖度すれば、過酷すぎてしゃべることが億劫になったと私は理解している。そんな時代を経ているので、地域社会も語り継ぐ能力が失われてしまった。

 及ばずとも祖先を思い、地域を思いながら掘り起こし、長い歴史が続く日本の軌跡が途切れることのないよう、か細くも励みたい。

プロフィール
主宰・管理人
原 一六四

●二子玉川で二十幾星霜、この地が“青山“となる予定。元より新住民ですので、これまでは環境の良さ、便利さをただ享受するだけでした。
●数年前から散歩し調べたりしていると、殊の外、奥深い歴史を内包する土地の姿が浮び上りました。
●子供らが土地の歴史・文化を学ぶ機会は少ないような感じ。生活した思い出だけの“ふるさと”では寂しい、知っているのと知らないのでは、人間観・人生観に醸し出す味わいが違ってくるように思います。
●この土地にしみ込んだ多くの人の営みの記憶を “堀上げ” 整理することが目標です。

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